「音」と「音楽」の違い

 音楽という語句を文字、最小の構成要素に分けると「音」と「楽」になります。(あくまで漢字で記述された「音楽」という言葉についてです。ミュージックでもMusicでもありませんから。厳密には音楽=musicではないですけどね、そもそも。悪しからず。)

 

「楽」とは現実には誰かが「楽」の状態であって初めて意味を成す言葉です。

日本で広く用いられている事を考えれば、多くの人が「楽」を経験している、という事でしょう。

どんなものでも始まりがあるのでして、誰かが「楽」の状態を言葉で表現しようとしてその表現が我々の間に時と共に浸透したから今、「楽」という記号が使われているわけです。

そもそも、言葉自体、人間がいなければ作られも、認識もされない。

 

「音楽」という言葉は人間が「音」と「楽」を組み合わせて構成した記号です。組み合わせてというのは、この場合、最小単位の記号がが二つ使用されて一つの意味を為す、という事です。

記号が二つというのは着目すべき点ですよね。

だって、「音」でも「楽」だけでもない。

それら一つ一つでは「音楽」を表せないわけです。

あえて、二つを組み合すという面倒な事をして表現しているわけです、我々は。この現実を言い方を変えて表現すれば、音を聞く側=人間がいて初めて「音楽」という言葉が成り立つということでもあります。もちろん、他の言い方もできますが考えたい人は考えてみてください。

音、人間が音として感じる何かしらはもしかしたら人間がいなくても鳴っているかもしれません。まあ、人間がいなければ音は「音」という文字でその文字が示す何かしらが表現される事はありませんし、誰もその何かしらを認識しないですけれど。

「音楽」というのは認識する人がいなければありえない言葉です。

言い換えれば音楽というのは聞き手(感じる人でも良いですが)を前提とした言葉です。

例えば、騒音は「音楽」ではないわけですよ、「騒音」と「音楽」が同じ意味だという人はいないと思いますが。

まあ、同じ意味ならあえて二つの言葉を我々は使用しないですよね。

同じ音を二人の人が同時に聞いて一人は「騒音」と、そしてもう一方の人は「音楽」と感じる、表現するとう事が実際に起こっています。

 

という訳で最後に私の意見を書きます。

ここでは音楽とは聞き手がいて初めて音楽だという趣旨で書きましたが、もう一歩踏み込んで書くと、人間には心があります。人間と心は切っても切り離せない。「音楽」は音によってのみ構成されているものを指している訳では無いんです。それはあえていうならば「音の集合」とでも表現すべきでしょう。

「音楽」は心ある人間が聞く事を前提としているという事です。

 「音」と「音楽」の違いを、音楽を愛する方に向けて書きました。

 

「日々、音楽」タダヒロでした。

それでは、また。