なぜ気持ちよく演奏すべきなのか?

一つお断りしておきたいのは、売る為にどうするか、売れる為にどうするか、という観点では書いてないです。

これを読んだ人が自分で考えて答えを見つけて欲しいと思って書いています。

そん考えが、売る為であってももちろん構いません、ご自由にどうぞ!

 

 さて、身体論というのをご存知でしょうか?

今日は身体論的観点から、なぜ演奏者が気持ちよく演奏すべきなのかについて、お話をさせて頂きます。

 

まず、質問です。

あなたは、あなたが苦しむ姿を見て喜ぶ人たちを前に演奏したいですか?

 

はい、と答えた人はちょっと変わった性癖を持っているのかもしれませんがそれならそれで、苦しみが快楽なので章からこれ以上何も言うつもりはありません。

ひと昔前の人だとそういう人が多い気もしますが、、、まあSMプレイみたいなもんでしょう。(性癖と文化には関係があるように思います。)

 

いいえ、と答えた人は続きを読んでみてください。

演者がステージで演奏している時、観客は耳で音を聞き同時に目で演者を見ています。

その時、観客は演者を見ながら自分の筋肉も動かしているそうです。

例えば、歌手が高い声で歌う時、観客も高い声で歌う時に必要な筋肉を無意識に動かしているそうです。

観客は肉体的にも演者と同じ行動をとるための筋肉が運動しているということです。

もちろん、演者が走り回っているのを見て観客がいきなり走り出したりはしません。そういうことをしないだけの抑制がきいているわけですが。

「手に汗握る」という表現がありますが、まさにそういうことでしょう。

観客は無意識的に演者と同じように身体的な運動を行っているわけです。

 

で、演奏の目的は何かと言えば、一つには観客と一緒になって良い気持ちになることだと思います。

一言で「気持ち良い」と言っても、いろいろな意味があるので、場合によっては、例えば気持ち悪いと感じることを望む人にとっては気持ち悪いと感じることがここで言う「気持ち良い」という意味であることを理解していただいたという前提でお話しますと、「気持ちよく演奏すること」が観客を気持ちよくさせるわけです。

演者が自らの音に気持ちよくなることも含めて、気持ち良いと感じる行為を見せることで、見る側は「気持ちよくなる」のです。

極端なことを言えば、演奏は気持ちよくなるためであって、演奏自体のテクニックが上手いか下手かはどうでも良いことなのです。気持ちよくなることが上手なら、その手段としての演奏で良いわけです。

もちろん各々好みはあるでしょうし、全ての人が同じものを見て気持ちよくなるとは限りません。

しかしながら、あなたにできることはあなたが気持ちよくなることです。

あなたのステージを見に来る人は、自らの足でそこにおもむき、自らの意思でそこに止まりそしてその目で、耳で、身体でパフォーマンスを感じているのです。

中には文句を言いたいがためにそうしている人もいるかもそれませんが、それだってその人なりの気持ち良さだと言えるでしょう。

もちろん、気持ち良さを演出できる役者であればそれでも構いません。

ですが、気持ち良いと感じながら演奏すれば、そのように演技をする必要もないのです。

 

そう、大事なことはあなたが気持ちよく演奏することが、誰かの気持ち良さにつながるということです。

ですので、あなたが観客に気持ち良くなって欲しい、と思うのであれば、気持ち良くパフォーマンスするように心がけてください。

 

今日は身体論的観点から、なぜ演奏者が気持ちよく演奏すべきなのかについて、お話をさせて頂きました。

それでは、また。

 

                        「日々、音楽」 タダヒロ