Veinという名前の由来

Vein、桶川の音楽スタジオより−

 

 もともと、「Vein」と今、私が読んでいるスタジオが立っているこの場所には私の実家がありました。そしてその実家の敷地内には井戸が掘ってありました。

私が子供の頃はそん井戸水を生活用水として使っていました。(さすがに飲用水ではありませんでしたが)

私の家族にとって、井戸は信仰の対象でした。

私の父は「井戸神様」と読んでいましたし私も物心がついた時には特別なものとして認識していました。

人は、というか動物も植物も水がなくては生きていけないから、昔の人が井戸を信仰の対象にしたことは当然だと思います。

井戸があるということは地下には水脈がある、川が流れている、ということです。

 世界に目を向けると、例えばインドでは川に対する信仰があるそうです。

また川はサラサラと音を立てて流れるからインドでは川の神様は音楽の神様でもあるそうです。その考えは日本にも弁財天として伝わっています。

旧約聖書では、井戸が人間の繁栄の拠点として描かれます。

今でも、砂漠のオアシス=水場は安らげる場所の代名詞ですよね。

私はもちろんインドの宗教を意識的に信仰してはいませんしユダヤ教徒でもありません。ですがそうであるかないかは、あまり問題には成りません。

それが必然のように思うのです。

水に対する信仰というのはある意味、人として自然だと、思います。

音楽は、というか芸能というと古来は神への捧げ物だったそうです。

そしてそれは今でもまるで地下水のように根底に脈々と受け継がれていると感じています。

今でも世界各地で願いや祈りや夢、希望が歌われています。

音楽が表現するものは分かりやすく言えば、人間の心、精神性です。

そしてその精神が自然と信仰の対象としたものこそ、一つには水であり川であり、地下に流れる川であり、井戸であり、という事です。

私に子供はいませんが、親が子に名前を付ける時には願いを込めてつけられるという事はよく耳にする事です。願いを込める、その願いとは価値観、世界観の繁栄であり、それはある種の信仰というと大げさかもしれませんが何らかを信じている精神が前提と成ります。

私もその例、親が子に名前を付ける様にならい、願いを込めてこのスタジオに名前をつけました。

その願いとは、このスタジオで音楽という流れを受け止めそして音楽家がまたその流れの一滴となり、流れ続けるように、(と言ってもそれはどうしようも無い運命に他なりませんし、拒絶する事は物理的にも不可能ですが)というものです。

現実を言葉に下に過ぎませんが、以上が「Vein」という名前の由来です。

それでは。

 

                       「日々、音楽」 タダヒロ